朝鮮姑娘

李老人の姿が視界から消えたころ、突然樊ばあちゃんが、「この上に朝鮮姑娘が住んでいてね……」と話し出したので、私はびっくりして「そんな大事なこと、ちょっと待って!」と、あわててICコーダーのスイッチを入れました。

「白い服に黒いスカート穿いて。私たち子どもは、下を通りかかると石拾って投げたのよ。」「ここ、ここに朝鮮人のグーニャンが住んでた。」

「今も誰か住んでるの?」

「住んでるけど、留守みたい。鍵がかかってるわ。ここに朝鮮グーニャンがいたの。」

「何人くらいいたか覚えてる?」

「私が覚えているのは3人。3人の朝鮮グーニャンがいた。みんな白い上着を着て黒いスカートを穿いてた。」「私のおじいさんがそっちの方に住んでて、私たちが下を通るときに、石を拾って投げたの。」

日本兵がいつもやって来ていた?」

「そう、日本人が連れてきた。」

樊ばあちゃんの話はこれだけです。

その家は小高い丘のてっぺんにあって、3つある窑洞の一番左側の部屋では、あきらかにいま誰かが暮らしていて、しかも庭もきれいにかたづけられ、ゴミひとつ落ちていませんでした。

あまりに突然のことで、自身の心がまともに反応することができず、きっと傍目には、私は痴呆のような表情をしていたことでしょう。村に帰っていまも、目を閉じると、まるでモノクロ映像の中に、その部屋の扉だけが生々しく彩色され、今にもカーテンを撥ねあけ、血まみれの“異国の服装”をした少女が、駆け出してくるのではないかという幻想にとらわれ続けています。

(1月11日)