寂しいクロ

当地の犬は、人間があまりかまわないのが一番の理由だと思いますが、あまりというか、ほとんど表情がない犬が多いのです。中でもクロは無表情で、どちらかというと、いつも寂し気な顔をしていました。ワンワンよく吠えるのですが、それも牙をむいたり唸ったりというようなことはなく、なんだかお義理で吠えているような感じでした。それでも図体がデカいから、私も慣れるまで時間がかかりましたが、要するにとても穏やかで従順な犬だったのです。


これは今からちょうど2年前、私も知らない間に、イージャオ一家が離石に行ってしまい、家の前にぽつんと取り残されてしまったクロです。自分が“捨てられた”ことがよくわかっているような顔をしていました。さすがに酷いと思って、離石で店を開いている息子のところに行って、クロを連れに来るように強く言ったのですが、実はクロはもともとイージャオの家の犬ではなくて、私のウチのすぐ近くの別の家の犬だったのです。その後その家で飼われて、またその後に、工事現場の番犬として遠くの家に連れていかれました。


これは半年前の写真で、お勤めを終えて帰って来た直後です。すっかり老いさらばえて、チビなつにすら遠慮しながら、ときどき私のところにやって来ては、ちょっとだけいいものを食べて、すぐに帰ってゆきました。かわいそうなことに、なつが縄張りを主張して追い払おうとするのです。

クロが死んで、すでに2か月になります。事件が起こったのは私が村に戻る直前ですから、3月の初めでした。家には帰らなかったそうなので、どこかの畑の片隅で、ひとりで寂しく死んでいったんだなぁと思います。せめてちゃんと穴を掘って埋めてやりたかったなぁと、今でもときどき思い出します。


2週間も前になりますが、もう1年以上も行ったことのなかった谷筋の道を通ったら、犬の死骸がひとつ、まるで誰かが拾いに来るのを待っている落し物のように、寂しく転がっていました。この道は、招賢への近道なので、かつては私も含めて、しょっちゅう人の行き来があったのですが、途中で崩れてしまってから、誰も通らなくなりました。頭はすでに白骨化していたので、どこの犬か特定できませんでしたが、おそらくあの事件の被害者でしょう。少なくともこの2か月の間、誰も通らなかったのだと思います。

犬や猫の死にいちいち涙していては、この地では生きてゆけません。死んだ犬のことなんか、誰も気には留めないだろうけれど、でも私は、クロのことはこの先もずっとずっと覚えていると思います。