謎の帽子


秋香ばあちゃんのところに行って聞いてきました。予想どおり、解答は得られませんでしたが、ひとつには彼女の純粋な「臨県語」が聞き取れないことと、もうひとつ、こっちの人は何を聞いてもだいたい「昔からそうだったから…」「特に意味はない」という返答しかしないのです。


帽子はみな自分で作るので、町で売っているのを見たことはありません。離石に行っても、被っている老人はけっこういます。どこかの村から引っ越して来た人たちだと思いますが、ほとんどが女性です。


私が回族、つまりモスリムの帽子とは違うと言っているのは、このトップの部分が、モスリムの帽子は1枚布でできているはずですが、この帽子は真ん中で接いでいるのです。

と、ここまで書いて、フトこのブログのタイトルバックの写真を見たら、このばあちゃんの帽子はトップで接いでないみたいですよね。いろんな作り方があるのかも。とまれ、遠因をさぐれば、回族の帽子から来たということはもちろんあり得ます。ただこの地域には回族はいないので、もっと北の方、内モンゴルに近い方まで行ってみて、そこでたくさんの人が被っていれば、その影響と考えていいと思います。ただ、そういう、ここよりもっともっと辺鄙な、“天高皇帝遠”の地に行くことがあるのかどうか?私は行ってみたいですが。



ばあちゃんのお母さんは被っていたのかと聞いてみると、その頃はなかったといっていました。こうやって手拭いを被っていたというのです。要するに、目的としては、ホコリ、つまり黄砂避けなんでしょう。とにかくこの村では滅多に被らないので、この先も目にしたらいろいろ聞いてみます。

モスリムの帽子に関しては、5月ごろに蘭州に行っているので、そのあたりに写真が入っています。ここにアップするといいのですが、写真は撮った日付順にフォルダに入っているので、そこまで遡るというのは、当地のネット環境ではなかなか困難なことなのです。どうかよろしく。