忽然と現れたもの


18日の夕方に村に戻り、イージャオの家に行くと(ここのトイレを私専用に使っているので、日に何回か行く)、納屋の奥でゴソゴソッ!と音がしました。ネズミにしては大きな音で、猫かなと思いましたが、いつものことなので気にも留めず自分の部屋に戻りました。




そして翌日の午後、納屋の中を覗いてみると、音の主はこの子だったのです。すぐに残りご飯をあげると、最初はオズオズして出てきませんでしたが、やがてチラチラ私の視線を気にしながら食べ始めました。なかなか利口そうでかわいい子です。


翌日にはもう私の足元まで寄ってくるようになりました。ノラは警戒心が強く、決して短時間では慣れません。間違いなくどこかで飼われていた犬でしょう、まるまると肥っていました。それと、この家の門の下は大きく空いていて、私はそこに板を通していました。犬が入ってきて、庭におしっこしたりするからです。そういえば、その板が少しずらしてあったのです。レンガで押さえてあるし、子犬の力では動きません。私はじきに納得しました。私の犬好きは近隣の村々まで鳴り響いているので、育てられなくなった誰かが意図的にこの庭に犬を捨てたとしか考えられません。

しかし困りました。私はもうじきに帰国するし、それでなくても外出が多いので、金輪際犬は飼わないと決めています。どう考えたって無理不可能です。しかもこの犬は、大きく育つ犬で、ご飯もたくさん食べるでしょう。もっと決定的にまずいことに、母狗(mu gouー当地ではメスとはいわずこう呼びます)だったのです。この子の貰い手を探すのは至難の技。かといってそのまま放っておけるはずもなく、以前の飼い主を恨みました。




それにしてもこの子は、育ち盛りなんでしょうか、ものすごい食欲です。庭に置いてあったミズナの鉢もこんな感じで、生野菜を食べる犬なんてちょっと珍しいです。それほどおなかがすいていたんでしょうね。こんな小さな身体なのに、ほとんどなつめと同じくらい食べるのです。もしかしたら飼い主は、その大食いを持て余したのでしょうか?

ところが2日目の夕方、私が庭に落ちた棗の整理をしている間に、これまた忽然といなくなったのです。ご飯を食べた後のほんの10分くらいの間でした。どこを探しても見当たりません。たとえ1日2日でもそこに存在していたもの、そしてその後も存在すると思っていたものが突然いなくなるというのは、ほんとうに寂しいものです。私は暗くなりかけた山の畑の方まで行って探しました。行違った村人にも声をかけましたが、「やれやれ、またお犬様かよ。。。」と内心思っているのが、ありありと顔に出ていました。

夜になって、彼女の突然の非在が、予想以上に私の心を打ったのですが、もしかしたら、前の飼い主がやっぱりかわいそうになって連れ戻しに来たのではなかろうか?誰かが入ってきた気配はなかったけれど、子犬の方で気が付いて、開いていた門から私の背中側をすり抜けて出て行ったのではなかろうか?飼い主は体裁が悪いので、何もいわずこっそりと連れ帰ったのだろう。私はそう結論づけ、今回の騒動の最良の解決になったと胸をなでおろし、ようやく安らかな眠りにつきました。



ところが翌日、昨日のことですが、門を開けると、おなかをすかせた子犬がクウクウいいながら走り寄って来たのです。あらまっ!また帰ってきたの?いったいぜんたい、昨日のあの非在は何だったの?まさに狐につままれたような気分です。

夕方何人かの村人を訪ね、貰い手を探しました。案の定誰も関心を示さないどころか、「放っておきなさいよ!」「谷にでも投げなさい!」と叱責される始末です。それができるなら苦労はしません!

その上にですね、私はまだクロという大物を抱えているのです。クロは実は元々はイージャオ家の犬ではなく、別の家の飼い犬だったようですが、その別の家というのが、よりによって、私の家のすぐ近く、しかも、ちょうど高さが同じ位置にあるので、私が庭に出ているだけで目ざとくみつけて飛んできます。飼い主はクロのためにわざわざご飯を作るわけではないので、残り物が出ない時は何ももらえないのです。しかも夜は庭から締め出して門を閉めます。だから一晩中ウロついています。

ところで、犬というのはとても嫉妬深い動物です。クロは敏感に何かの異変を感じ取っているに違いありません。今日も私がごはんをもってイージャオの家に行こうとすると、ぴったりとくっついて離れません。イージャオの家は、門を閉めてもクロならやすやすと乗り越えて侵入できます。元々自分の縄張りみたいに考えているから、もしかしたら子犬をひどく咬むかもしれないのです。いやはや、なんでこんなに他家の犬のために苦労しなければならないのでしょう。

今日は朝から小雨が降り続き、ここ最近不思議と暖かいのですが、来週からは最低気温が氷点下になります。当地の犬だから寒さには強いと思いますが、あんな暗くて汚い納屋で、たったひとりで過ごさなければならないなんてかわいそうです。もしかしたら、これまではお母さんと一緒だったのではないかと思うのですが、いくら犬だって“孤独”というものの味は知っているでしょう。なつめだったら、3日目の朝に孤独死間違いないです。いったいぜんたいどうしたらいいのか?雨があがったらまた子犬を抱いて、心ある優しい人を訪ね探して、きっと隣村までも出かけるんでしょうね。あぁ、因果な性格です。

追加;
もう、まいった、まいった。とにかくド外れて活発でヤンチャで手こずってます。イージャオの庭の土塀は崩れていて、クロなら乗り越えますが、まさかこんなチビちゃんが越えてくるとは思っていませんでした。でも、一度私の家に来たらもうおしまいですね。そりゃこっちの方がいいに決まってます。ウチの方の門を閉めておいても、横の土塀を乗り越えようとものすごい勢いでアタックするので、そこが崩れても困るし、仕方なく部屋に入れました。間が悪いことにこの3日間雨が降っていて、ずぶ濡れでやってくるので、もう私の完敗です。



こうやっておとなしく寝ていてくれれば問題ないのですが、ゆうべも一晩中、モノは倒すわ、タオルは引きずり出すわ、靴は咬むわ、扉はガリガリやるわで、私はすっかり睡眠不足です。


今日はもう洗濯ロープで繋ぎました。するとそのロープをあちこちにからませて、そのたびにクインクイン呼ばれて、なんのために繋いでいるかわからない状態です。しかも、ほんとうによく食べるのです。前の飼い主がそれにビビッて捨てたというのも、あり得ますね、これなら。食べさせないと余計にうるさいので、今日はたくさん食べさせましたが、ほとんど私と同じくらいの量です。おなかに虫がいるのかしらとも思ったのですが、それにしては健康すぎます。明日には雨があがるようなので、いよいよ本格的に今後のことを考えなければなりません。これだけ逞しければ、ノラとしてもきっと立派に生きてゆけるでしょう。招賢の町で、ときどき会いましょうね。