天童寺(tian tong si)

まずは、天童寺の概要はこちらから。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%AB%A5%E5%AF%BA




天童寺というのは、阿育王寺よりももっと山に近く、不便そうな場所だったのでもう一度出直さないと無理だろうと思っていました。ところが、阿育王寺で話をしたお坊さんが教えてくれて、実に簡単に、そこから市内バスに乗って40分ほどで終点の天童公園に到着したのです。途中で一面の菜の花畑も何か所か見ました。油を採るために栽培しているのでしょう。



ここはバスを降りたところから遥かかなたにお寺の塔が見えました(この写真はかなり近づいてから)。さっそく白タクが寄って来て、30分以上歩かなければならないから乗れというのですが、私はいつだってもっと歩いていますよ。で、歩いたおかげで、小さなスミレや、珍しい椿も見ることができました。山門までの道は竹林になっていて、ほんとうに日本に帰ったような気分です。




ここもやっぱり山門の前は、長方形の大きな池になっていました。たどり着いたときにすでに4時近くになっており、帰りのバスがなくなっても困るので、けっこう急ぎ足でぐるりと境内を回り、塔のあるところまでは行かれませんでした。天気も良くなかったし、帰国の際に、寧波はもう一度寄ってみるつもりです。

阿育王寺もそうですが、何の予備知識もなしに来ているので、実際のところ“もったいない”寺巡りでしたが、とにかく、寧波かいわいの仏教寺院が、日本の仏教とこんなにも密接な関係があることを知り、これも何かのご縁で呼び寄せられたのかしらと思いつつ、ここ最近の“うつ状況”からもそろそろ脱出せよとのおぼしめしでしょうか。

それともう1か所、阿育王寺のお坊さんが教えてくれたのですが、太原のすぐ近くに交城という町があり、そこに「玄中寺」(xuan zhong si)という寺があって、そこは日本の浄土宗、浄土真宗の祖庭になっているというのです。バスで高速道を通ると、確かそんな標識がありました。交城は、離石から1時間半くらいで行かれるので、そのうち訪ねてみることにしましょう。下のURLは中国語ですが、雰囲気だけでも。

http://www.xuanzhongsi.com/

ということで、以下、写真だけをご紹介します。






そうそう、私は行かなかったので書き忘れていましたが、補陀落信仰の元祖、普陀山について、中国のポータルサイトで調べてみたら、こんな記事がのっていました。

唐咸通四年(公元863年)日僧慧锷大师从五台山请观音像乘船归国,舟至莲花洋遭遇风浪,数番前行无法如愿,遂信观音不肯东渡,乃留圣像于潮音洞侧供奉,故称“不肯去观音”。后经历代兴建,寺院林立。鼎盛时期全山共有4大寺、106庵、139茅蓬,4654余僧侣,史称“震旦第一佛国”。

つまり、紀元863年に、天台宗の慧锷という日本人の僧が、山西省五台山から観音像を船に乗せて日本に帰ろうとしたとき、嵐に遭遇してどうにもならなくなったので、これは観音様は海を渡りたくないのだろうと思って、舟山の潮音洞の近くに祀ったのが始まりだというのです。だからこの観音像は「不肯去観音」と今でも呼ばれています。「不肯去」というのは、「行きたくない」という意味です。ということは、日本人が建立した寺ということになりますよね。仏教を巡る日中交流史というのは、とてつもなく奥が深いということがわかりました。

*みなさんの方で、もしかしたら表示されない部分があるかもしれませんね。想像力で補ってください。