経験と知恵

カンの上の天井が崩れてそろそろ半年近くになるというのに、「ああ、オレがそのうち直してやるから」と口先だけでいうおっさん連中はどこの世界にもいますね。実は最近、奥の方でもう一か所小さな崩落が認められたので、ついに私は業を煮やして、いくらかかってもいいからと“専門家”を頼みました。それで、さきおとといの昼前、顔見知りのおっさん2人が来てくれました。

崩れた部分が、壁や、ましてや床ならば、私でもできるくらい簡単ですが、崩れたのは天井の、しかもど真ん中の一番修復が難しい部分です。どうやって直すのだろうかとじっと観察しました。

まずは近所で土塊を拾ってきて、そこに小麦の脱穀後の殻を細断したものを入れます。特に小麦である必要はなくて、藁くずのようなものであればなんでもいいです。そこに石灰を少しだけ加えて水を加えて練ります。これが基本材料です。で、その上にまた、木切れや作物の殻などを小さくして入れていました。


崩れた部分は、深さが30センチ近くもあって、そこに泥を塗りつけたって、もちろん直落ちてきます。それでまずは穴の中に棒切れなどを突っ込んで泥が付きやすいようにします。10センチ以上もある長い釘でこの木片を土壁に打ち込むのですが、その釘も、そこいらにころがっていた太い鉄線をぶち切って、あっという間に作ってしまうのです。木釘も鉈でサッサッっと削って用意しました。


そこに少しずつ泥を塗ってゆきます。ちょっと塗っては乾くのを待たなければならないので、なかなか時間がかかります。やり始めてすでに3時間ほどが経過しています。2枚目の写真の棒状のものはヒマワリの茎です。ヒマワリは人間の背丈よりずっと高くなりますから、茎も太くて丈夫で、ツル野菜の支柱や、ちょっとした木材代わりにも使われます。

土塗りは完成です。


土の上に石灰を溶いたものを塗りますが、粘着力を補強するために、なんと人間の髪の毛を入れるのです。自分たちが散髪で切ったものを残しておくんですね。ほんとうに生活の隅から隅まで、捨てるものはなくて、なんでも保存し、再利用しています。この石灰もほんとうにちょっとずつ、大匙に山盛り1杯程度の少量を徐々に塗りつけてゆくので、けっきょく全体で5時間かかりました。塗りつつ上から塗った泥がぼたぼた落ちてくるので、2人ともすっかり泥だらけです。

ところが「お金はいくら?」と聞くと、いらない、というのです。その代わりに写真を撮ってほしい、つまり葬儀に使う“遺影”が欲しいというので、そんなのはお安い御用。翌日夫婦2人分の写真を撮って、それで実はいま、それを焼くために臨県に来ています。もちろん、工賃もきちんと支払いました。

“知性と教養”に関しては、何ともいわくいいがたい人たちですが、こうやって“経験と知恵”を積み重ねて、壊れては直し、直してはまた崩れ、それをまた修理して、何十年、何百年の歴史を、この過酷な環境の中に刻み続けてきた人たちだなぁと、あらためて感動した1日でした。