胡蝶(フゥディエ)

どうやら私の読みが甘かったようです。

ネズミは2、3日どこかに出かけていたようで、無事に、いやずうずうしく帰ってきました。しかし、不思議なのは、このネズミはいったい何のために夜中にウロウロするのかわからない、ということです。随分前に、タンスに入れておいた米を1袋やられて以降、実は私の部屋では目に付く被害はゼロなのです。

いったいぜんたい彼らは何を食べて生きているのでしょう?となりの部屋とトンネルで繋がっていて、備蓄してある穀物を食べているかというと、それも考えにくいのです。穀物の類はみな大きな甕(水甕と同じもの)に入れて、石の蓋がしてあります。そもそもこの甕を上ることはできないはずです。

地面を這っている昆虫を食べるのならわかりますが、当地のネズミは昆虫を捕食するのでしょうか?とにかく、毎晩電気を消すと5分もしないうちに、奥の部屋でガサガサ、ゴソゴソ音がし出します。最近はなつめも飽きたようで、起き上がってこなくなりました。

しかし、私はいまだにこのネズミの姿を見たことがなく、ときどき夜中に懐中電灯で照らしてみるのですが、逃げ足は速く、そうなると一度見てみたいものだという欲求が増してきて、結局熟睡できない夜が続いているのです。

と、こんなことはどうでもいいのですが、先日大家さんがやって来て、「あとどれくらい住むつもりか?」と聞くのです。さてはおばあちゃんが、冬にこの部屋を使いたいんだな(ヤオトンの暖かさは、ストーブで温めた普通の部屋とはぜんぜん違う)と思って、「いつでも出ますから」というと、そうではなくて、「来週、役場から部屋を見に来て、危房(ウェイファン=危険な部屋)に指定される可能性が高い」というのです。

界隈には小さな炭鉱がほとんど村ごとにあって、地下はアリの巣状態になっていることは聞いていましたが、まさか私が住んでいるこの辺りがもっとも危険地域に指定されているとは知りませんでした。部屋中にいくつも走っている亀裂は、てっきりこのヤオトンが“古い”からだと、ノーテンキに考えていたのですが、実は地盤沈下が続いていたからだったのです。

危房に指定されると、大家さんには補償金が出るのですが、部屋には鍵がかけられ、入ることができなくなります。村ではすでに指定を受けたヤオトンが何軒かあって、ここもおそらく指定されるだろう、ということだったのです。いよいよもって、臨県に来て10回目の引越しを準備しなくてはならないようです。ネズミ退治どころではなくなってきました。

私ひとりならコトは簡単なのですが、なつめがいるので、例えば小さな子どもがいる家はダメ、すでにメス犬がいる家もダメ、等々、いろいろ条件が厳しくなってくるのです。14日から月末まで、私はウチの学校の研修旅行で東北に出かけます。帰ってきたら急遽、家捜しをしなければなりません。すでに『証言集』の編集に取りかかっていて時間に追われているのですが、とにかく何とかしなければならず、頭が痛いです。“好転のきざし”はいったいどこへ行ってしまったのでしょう?

とはいえ、天気の方はようやく好転してきました。日照不足で、すでに作物の収穫はあまり期待できませんが、“食うに困る”というほどの被害ではありません。もう少ししたら畑の刈り入れに行き来する村人たちで忙しくなります。

雨が大地を潤したせいでしょう、これまであまり見かけなかった生き物たちを見るようになりました。名前がわからないので説明が行き届かないのですが、天気が回復したおかげで、野や畑の花たちがいっせいに開花し、蜂や蝶々やバッタがものすごく多くなったのです。つい先日はトンボも見ました。今日は、アゲハ蝶がウチの庭に飛んできました。モンシロチョウや黄色い蝶々はよく見ますが、アゲハを見たのは初めてです。彼らは今までいったいどこに潜んでいたのでしょう?

私ひとりがバタバタしたところで、季節は巡り時は流れます。旱魃が来ようが長雨が続こうが疫病が流行ろうが日本軍が来ようが、時が過ぎれば必ず新しい季節は再びやってきます。すべてを呑み込んだかのように、おうように“樹下のバクチ”を今日もたしなむ村人たちに、習わなければならないことは多いのかもしれません。

今日のなつめ:おさんぽまだかなぁ?

(9月12日)