劇場型治安

降りました、降りました。ようやく中くらいの雨が、シトシト、ショボショボ、パラパラと。それでも2日間降ったので、とりあえずホッと一息、村人たちは早朝からいっせいに、粟や大豆の種まきに出かけました。雨に洗われた棗の若葉もきらきら輝いています。

で、そういう事情がわかっているからでしょう、ウチのすぐ近くの家に小偸儿(こそどろ)が入ったのです。といっても何か盗られたわけではなく、部屋の中を物色しているのがみつかって逃げ出したのです。

今日の午後3時頃、なにやら外が騒がしくなったので出てみると、ちょうどすぐ目の前の谷筋の道を、男たちがぱらぱらっ!と走ってゆくところでした。ひとりはウチの大家さんです。その小偸儿は、家人に見つかって“間違って”谷の方に逃げたわけですが、もう一瞬で袋のねずみで、3方向から村人に追いかけられあっという間に捕まってしまいました。

私は一部始終を見ていたわけですが、もうぼこぼこに殴られ蹴られ、悲鳴が聞こえてなんだか可哀想なくらいでした。ウチの大家さんはもう60くらいで、普段は虫も殺さないような感じの穏やかな人なのですが、先頭になって殴っていました。そのうちにオートバイでやって来た2人の若い衆も加わり、私の視界からは見えなくなりましたが、きっともっと酷く殴られていたのでしょう。

それで、ちょうど谷底の畑の中ですから、上から村人たち(私も)が何やら大声でわめきながら、谷をぐるりと取り囲んでその捕り物を見物しているのです。200mmの望遠レンズで覗いてみると、20歳そこそこの若い坊やで、もちろんこの村の人間ではありません。その後かれこれ1時間ほど、谷底で“審問”が行われたのですが、けっきょく最後までその男は自分の村の名前をいわず、ついに派出所に連れて行かれたそうです。

私はこの光景を見ていて、なるほどなぁと納得しました。村の治安をどうやって維持するかは何より重大事ですが、ある意味警察権の及ばない辺鄙な村ですから、それは古来よりずーっと自分たちで守って来たわけです。今日の顛末を見ていると、“侵犯者”は過剰なまでの制裁を加えられ、衆目に晒して恥をかかされ、くまなく顔を知られて、この小偸儿は2度とこの村にはやって来れないでしょう。まさに“劇場型治安”とでもいえるのではないかと、いたく感心してしまったのです。

(5月12日)