忠犬なつめ

も〜〜ぅ、まいりました。なつめのことです。なつめはなかなか人になつかない犬なのですが、今度の大家さんは犬が好きみたいで、けっこうなついています。それで大家さんもかわいいから、ついつい食べ物をあげてしまうのです。決まった時間以外にやらないでくれ、と何度いってもわかってくれません。まるで孫を甘やかすおばあちゃんのようなものです。

それでなつめの食生活が不規則、贅沢になって、好き嫌いをするようになりました。マズイものは残して、別のものをねだるようになったのです。きのうはサツマイモとジャガイモを茹でたものをほとんど食べませんでした。前は喜んで食べていたのにです。それで、これではこの先困ると思って、「食べたくなければ食べなくてよろしい!飢えて死ぬなら死になさい!」と日本語と中国語できつくいって、食べ残した碗をそのままにしておきました。そして、罰として、彼女を無視することにしたのです。夕方から夜寝るまで、なるべくなつめとは目を合わさないようにして、ひとことも話しかけませんでした。

そして今朝6時前、私はなつめの低く続く唸り声で目が覚めたのです。なんだか奇妙な感じだったので「どうしたの?」と声をかけても、いつもなら飛び出てきて散歩をねだる彼女が、ダンボール小屋から出て来ません。それで起き上がってみると、なんと、部屋の隅でおしっことうんこをしていたのです。なつめは部屋でうんこをしたことはこれまでただの一度もありませんでした。

ありゃ〜、そうとう怒ってるんだ。まいったなぁ〜と思ったのですが、ここまでなら私も別に驚きません。実家ではずっと犬を飼っていたし、さして驚くにあたらない、飼い犬の意思表示のひとつです。それでうんこを片づけて私はもう一度布団に入りました。するとなつめはワンッワンッと吠え出したのですが、それがこれまで一度も聞いたことがない吠え方だったのです。誰かに向って吠えているのでもなく、もちろん甘えた吠え方ではなく、ひたすら陰に籠もって重く深く、どこか恨みをのんだ奇妙な吠え方だったのです。しかも小屋から出ることなく、覗き込む私の目線を避け、身体を丸くしたまま20分くらいも吠え続けました。なつめの好きなかりんとうを小屋の前に置いてもまったく出てきません。

きのう私がなつめに与えた“罰”が、こんなにも彼女に重くのしかかっていたなんて、いったいぜんたい、どういうことなのでしょう?私はなつめをたたいたわけでもないし、何度も何度も叱ったわけではありません。まるで私がいった「死になさい!」という人間の言葉を理解でもしたかのように、絶望的な暗〜い瞳で一途に抗議し続けたのです。

それでもようやくにして出てきたなつめを連れて、私はいつもの山のてっぺんの畑まで散歩に行きました。ところが、普段ならそこらじゅうを脱兎のごとく駆けずり回るなつめが、今日は私の足の下に潜り込んで離れようとしないのです。まるでちょっとでも離れたら置いていかれるとでも思っているかのように。

しかし、これではいよいよ困ります。取材のための外出もますます多くなるし、そもそも7月末には日本に帰ります。私がいなくなったらきっと“忠犬なつめ”になって、扉の前で私の帰りを待ち続けるに違いありません。もしかしたらほんとうに“飢えて死ぬ”かもしれません。どうしたらいいのでしょう?どなたか犬に詳しい方、教えてください。

(5月30日)