なつのいない夏

23日に石家庄に到着してその夜は太原、そして、体調を整えるために翌日離石にもう一泊して25日に村に戻りました。



まずは私の畑の点検です。私がいなかった3週間、ほんとうに雨が降らなかったようですが、仲の良いじいちゃんに水やりをたのんでおいたので、キュウリとレタスはちゃんと育っていました。こちらではレタスなど葉物はこうやって密集させて、大きくなったものから間引いてゆきます。そうすると小さいのがまた大きくなってゆくわけで、水がないこの地の栽培法なんでしょうね。


私がしばらく家を空けて戻って来て、庭の掃除や畑の点検でばたばたしていると、どこからか臭いを嗅ぎつけたチビなつが弾丸のように飛び込んできて、ひとしきりじゃれついた後、おみやげをもらってパクついてから、ホッとしたような表情でごろりと寝そべるのがいつもの習わしでした。ところが今回は、いつまでたっても現れません。不安がよぎりました。


ちょうど、現在の名目上の飼い主のばあちゃんがやって来たので聞いてみると、「死んだ」というのです。どうして死んだのか問いただしてみても、純方言で話すばあちゃんのいうことがさっぱりわからないのですが、どうやら、誰かが肉に農薬をしみこませて食べさせた、といっているようなのです。


標準語がわかる人に聞けば、真相がわかるのですが、私はもう聞きませんでした。いつかこうなるかもしれないということを、私は少し予感していたのです。なつにそんなことをするとしたら、以前、なつを鉄パイプで殴ったあの男しかいません。あれ以降も、私は何度も彼にいい含めたのですが、なんていうか、“つける薬がないバカ”で、どうしても理解してもらえず、なつの姿を見れば石を拾って投げたり、棒で威嚇したりするのです。それでなつもますますその男に吠えるようになり、まったく単純な悪循環が続いていたのです。


村を離れる前に、高級タバコでも持って、彼の所に行くつもりでいたのですが、時間もなく、気も進まなかったのでけっきょく行きませんでした。行っていたら、こんなことにはならなかったかも知れません。


なつが死んだといっても、私以外に悲しんでいる人はいません。「面倒がなくなってかえって良かったじゃない」という人すらいます。いえ、これがここではしごく一般的な価値観です。


暑さのピークは過ぎていますが、まだまだ焦げ付くような日差しです。今年は干ばつ気味で作物の生育は不良のようですが、棗はたくさんの花を鈴なりにして、どうやら豊作のようです。ただし、今年も棗に値が付くのかどうかはわかりません。


日が暮れて少し涼しくなっても、私はもう山の段々畑に散歩に出かけることもないでしょう。なつのいない夏は寂しいです。なつ、守ってあげられなくてほんとうにごめんね。