さよならクロ


これがクロが寝ていた部屋です。これまでそこにいたものが、突然いなくなってその痕跡だけを残すというのは、実にさびしいものです。

おばあちゃんにどこで死んだのかと聞いてみたのですが、畑で死んでいたそうで、自分の家までたどり着くことはなかったようです。埋める(埋葬する)ということは、人間の子どもでもしない風習なので(今はいくらか事情が違うのかも知れません)、やっぱり谷に捨てたと思います。

1年間、方山県の方で荷物番をして帰って来てからのクロはほんとうにやつれ果てて、“おいぼれ犬”に変わっていました。確かにこの地で10年以上生きたそうですから、当然ともいえるのですが、それなりにツヤもあったまっ黒な体毛すら、なんだか色あせてボサボサした感じになっていました。1年間、番犬だけさせられて、おいしいものも食べさせてもらえなかったんだと思います。


これがウチの庭から見える風景です。一段低い位置にお隣と、写真ではわかりませんが、その向こう側にもう1軒似たようなヤオトンがあって、その向こう側、ちょうど写真の正面のウチと同じ高さの建物が、クロの家でした。だから、私が呼ぶと、2軒分のヤオトンの屋根を通って、ウチの庭までやってきて、なにがしか“ごちそう”を食べて、また屋根の上を歩いて帰って行ったのです。


ところが、意地悪な我が隣人が途中にバリケードを作ってしまったので、来られなくなっていたのです。こちら側からは越えられるのですが、向こう側からはけっこうな高さがあります。それでも以前なら越えてきたはずですが、帰って来てからはそんな元気もなくなっていたようです。

最後にご飯をあげたのは、死ぬ1週間前くらいだったのですが、私がクロのところまで持って行きました。インスタントラーメンの残り汁にごはんとソーセージのミジン切りを入れたもので、鼻の頭にご飯粒をいっぱい付けておいしそうに食べていました。飼い主がいるのだから、あまり私が頻繁に持ってゆくのも、と思って、むしろ遠慮していたのですが、もっとたくさん食べさせてあげればよかったと後悔しています。

ところで、今回の犬猫の大量死に関して思い至ったことがあります。村人のいうことがバラバラで、二転三転しているように思ったのですが、どうやらそうではなく、原因はひとつではなかったようなのです。少なくとも2つの原因があって、ひとつはやはり農薬。そしてもうひとつは、狼ではないけれど、野犬の群れが襲ったのではないかと思います。これまで見たことがない犬たちが6,7匹、集団となって山の畑をうろついているのを、私も3回ほど見ました。その中に少なくとも1匹のメス犬がいるのを確認したのですが、村で飼われている犬はほとんどがオス犬です。

以前ドウドウというオス犬が、交尾の最中に他の犬に噛み殺されたのを、これは村人が目撃していたようですが、この野犬集団のメス犬に近づいた村人の犬が襲われたのではないでしょうか?狼に噛み殺されたといっていた村人は、恐らくは噛まれた痕を確認してそういっているのだと思います。死んだ羊の肉を畑に捨てたという話も、羊飼いを具体的に名指している言説で、これも事実だとしたら、実に3つの原因があるわけです。とにかく、20匹くらいが死んだようです。標準語が話せる人に聞けばもう少しはっきりしたことがわかると思います。



村に帰ってきて亡くなった男性の「バイルーダン」という儀式です。埋葬の前夜に、黄泉の国への道しるべとして、楽隊を先頭に、乾燥させたトウモロコシの芯にガソリンを染み込ませたものに火をつけて道に撒いてゆきます。71歳という少し早い死だったのと、長く村を空けていた人の葬儀だったため、会葬者も少なく、静かな葬儀でした。

クロとその他にも犠牲になった動物たちも、きっとこの灯りをたよりに、黄泉の国へと旅立って行ったことでしょう。さよならクロ。お疲れさん。もうワンワン番犬しなくていいからね。