ドゥドゥの悲惨とクロの悲哀


4日前の朝、私がまだ寝ている時間にドンドン!ドアをたたく人がいて、「ウチのドゥドゥが帰ってこないけど、あんたのところにいるんでしょ!」と、やや怒りを孕んだ口調で飼い主のおばさんがやって来ました。とにかくドアを開けて、「いないよ」といっても、ずかずか入ってきて、部屋の隅々まで点検して、それでもなお不審がぬぐいきれない様子でした。「これまでも帰らないことはあったの?」と聞いてみると、「ウチの犬は滅多に外に出ることはないし、出ても必ず朝早くに戻ってくる」というのです。言外に、最近私が餌をあげたりするから、外に出ることを覚えたとでもいいたげです。

私も当初は部屋まで連れて来て(ついてくるので)いましたが、どうやら飼い主があまり歓迎していない風情だったのを感知して、以降は必ずドゥドゥの家の前であげていたし、そもそもそれほど多い回数ではありません。たかだか1か月ちょっとの状況です。それでも、そんなに外に出ない犬だったのなら、私にも一抹の責任はあるやも知れず、なんとか無事に帰って来てほしいと、通りがかるたびに付近の村人に消息を問うていました。

ところが今日、ドゥドゥは咬み殺されたという情報が入って来たのです。村人の話を総合すると、どうやらドゥドゥは、交尾をしている最中に、他のオス犬に襲われたらしいのです。

私もこちらに来て初めて見たのですが、犬の交尾というのはお尻とお尻をくっつけて、180度反対方向を向いたまま、射精までにかなり長い時間がかかり、しかもその最中はしっかり繋がっていて、2匹を引き離すことはできないそうです。

そして村には、私が知るだけでも60匹以上の犬がいて、その8割以上がオスで、その9割以上が放し飼いです。動物の本能として、メスの争奪戦が激しくなるのは当然のことで、村の中では最も小柄な部類に属するドゥドゥが、攻撃も防御もままならないままに襲われたとしたらひとたまりもなかったことでしょう。5,6匹の犬が同時に襲い掛かったそうです。そして、こういった事態というのは、これまでにもあったのです。

この地に生まれた宿命とはいえ、どんなに恐ろしかったか、痛かったか、苦しかったか。死体はすでに谷に投げられたそうですが、小雨降るいま、谷底で静かに朽ちようとしているドゥドゥの孤独を思うと、かわいそうで涙が流れます。

ドゥドゥの姿を見るようになったのは、1年にもならないことです。つまり、これまで外に出なかったのはまだ子犬だったからで、無事成犬に育ち、外に出ることも覚え、本能に呼び覚まされて行動した結果の悲劇だったわけです。今となっては、せめてドゥドゥの血がメス犬の体内にしっかりと受け継がれ、何十日か後に、ドゥドゥそっくりのかわいい子犬となって、この地に生れ落ちることを望むばかりです。


私の前の大家さんのイージャオが、離石に行って商売を始めてすでに2年ほどになります。商売は順調だったようですが、半年ほど前に息子のシャオドンが結婚したので、けっきょく店は息子にゆずって、自分は親戚がやっている建築資材の小さな工場で働くようになりました。

イージャオの家はヤオトンではなく、平房(ping fang)といって、割合新しく建てられたもので、4つの部屋とキッチンルームもある立派なものです。しばらく前まではオクサンがひとりで暮らしていて、畑仕事をやっていました。もちろんイージャオも時々帰ってきていました。

ところが最近になって、オクサンの方もその工場の従業員の賄いの仕事をするようになって、今年は畑もしないのだという話を聞きました。それが今年だけのことなのかどうかまではわかりませんが、息子も娘も親戚も離石に住んでいるし、恐らくは彼らも離石で暮らすことにしたのでしょう。つまり、あんなに立派な家があるにもかかわらず、“村を捨てた”のです。


イージャオの家は、ウチからはかなり離れたところにあって、その情報を耳にしたのはつい最近のことでした。しかし、あの家には大きな黒犬がいたけれど、犬はどうしたんだろう?と気になって見に行ってみると、黒犬はいつも通りの場所でぽつねんと主人の帰りを待っていたのです。その風情があまりに侘しくて、犬に弱い私は、またしてももらい泣きしそうになりました。

もともと人に慣れない大型犬で、私も何度行っても激しく吠えたてられ、恐ろしくて近づけなかった犬です。それが一転して、ワンとも吠えず、寂しそうな眼差しを私に向けて、力なく尻尾を振るだけでした。それはあたかも、自分が“捨てられた”ことを悟ってでもいるかのように見えたのです。


以来1週間ほど、私は毎日1度、クロのためにごはんと水を運んでいますが、やっぱりいつ行っても寂しそうで、捨てられた我が身の孤独に必死で耐えているように、私には思えるのです。

それでついに昨日、離石のシャオドンのところへ行って、「クロはじっとご主人の帰りを待ち続けているけど、どうするんだ?」と詰問すると、「ほっとけばいずれ誰かが餌やってくれるから」と、余計なことはするなといわんばかりの口調なのです。いくら当地の“文化”とはいえ、頭に来た私は、「あんな大飯ぐらいの“駄犬”など、誰が面倒見てくれるというの?これを見てかわいそうとは思わないのか?」と、撮ってきた何枚かの写真を見せて談判し、けっきょく、イージャオ夫妻が働いている工場で飼ってくれるだろうから相談するということになりました。いまその工場に犬はいないそうですが、クロは侵入者にとてもよく吠えて、工場の番犬にはもってこいの犬なのです。もちろん、イージャオ夫妻もいることですし、1日も早く“親元”に帰してやりたいです。

サモエド君は相変わらずの縛られっぱなしで、新しく来たシェパードの雑種らしき子犬はかなり大きくなりました。おまけに、その近くに1匹のノラ犬が住んでいて、この子は、兄弟犬は近くの人に飼ってもらっているけど、偶然選にもれたその子はノラとなって、空きヤオトンに暮らしているという身の上で、私が通りかかるたびにやって来ます。ですから、招賢に行くときは、そのシーピンの家の前を通るのですが、帰りには必ず何か買ってきて、3匹のワンちゃんに、それぞれ身体の大きさに比例した分だけのおみやげをあげ、家に帰ってクロのごはんを用意してと、なんだか犬のためにあれこれ振り回される時間はけっこう長いのです。