お母さんヤギの孤独

ウチの庭にヤギの親子がやってきたのは5月15日でした。お母さんと子ヤギが2頭です。そして、それから半月くらいして、大家さんはまた1頭母ヤギを購入したのです。今度は産まれた子ヤギは元の家に残して、お母さんヤギだけがやってきました。300元だったそうです。その後に来た電気代の集金人に払うお金がなくて私の帰りを待っていたので、とりあえずは全財産を使い果たしたのでしょう。

ところが、この後からやってきたお母さんヤギを、前からいたお母さんヤギがどうやらじゃまもの扱いしているようで、ごはんを食べるときも角で追い払って、満足に食べさせてはあげないのです。それで後から来たヤギはいつも小屋の隅の方にぽつんとひとりでいて、なんだか寂しそうなのです。ただし、かわりにというか、子ヤギがこのお母さんヤギのおっぱいを飲もうとしても、追い払って絶対に飲ませてはあげません。どうやら母子の絆は単一のようです。

で、この寂しいお母さんヤギが、真昼間、みんながちょっと目を離したスキに土塀の割れ目を乗り越えて逃げ出したのです。大家さんがふたりですぐに追いかけたのですが、これを捉まえるのは並大抵のことではありません。ヤギはそんなに速くは走りませんが、人間では登れない急峻な崖を、グイグイグイといとも簡単に登り降りするのです。谷筋の段々畑をあっちへ追ったりこっちへ走ったり、炎天下の逃走劇はもうほとんど両者とも脱水症状を引き起こしそうでした。

中央奥にぽつんと一匹いるのが大家さんのヤギ

そのうちに、向こうから何十頭かのヤギの一団がやってきたので、大家さんはその群れの中に自分のヤギを追い込みました。それは元々自分が属していた集団ではないのですが、母ヤギはおとなしくその集団と行動を共にし、やがて彼らのヤギ小屋の中にいったんおさまり、大家さんもようやく自分のヤギを連れ帰ることができたのです。

しかし、この寂しいお母さんヤギは、午前0時を廻った今も、メェ〜ッ!メェ〜ッ!と、恐らくは、引き裂かれてしまった子どもたちを呼び続けています。大家さんには子ヤギまで買い取るお金がなかったのでしょうが、人間の都合だけで、残酷な仕打ちをしたものだと思います。小屋の扉を開けてこっそり逃がしてあげたいという衝動にも駆られてしまうのですが、なつめはヤギ語がわかるのか、この声にワンワンワンッ!と反応して、なんだかお母さんヤギの孤独を慰めている風情です。

(6月28日)